「徳を積む」ってよく言うけれど,徳っていうのは,自分の日々の人生経験から学び自分の個性を作ると共に
自分の親,またその親・・・と其々の祖先達が積んで来た「徳」が自分の上に照らされているものと解釈を
していたが,最近(04’前後)Sarubiaにとって悪い事ばかりが重なって起きるものだから,,とうとう先祖の
「徳」を使い果たしたのかと,何時も心の勉強をさせて頂いている「やっとかめ通信」の僧侶にお尋ねをしました。

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> 昨年Sarubiaが交通事故に遭遇した後,今年1/20に娘が
> 交通事故にて重症,その入院先の病院(自宅より32k先)まで
> 通院途中にて,再びSarubiaも交通事故に遭遇。
> 2度ある事は3度と申しますが,,,,。

うーん、注意を怠らないようにして下さいね。
とにかく、心を落ち着けて、自分の身の大切さを念じていて下さい。

> その後も余りよい事もなく。。。
> 何だか,もう御先祖様の徳を使い果たしてしまったのでしょうか。

「御先祖様の徳」は、自分の身の上にあるんです。
ご先祖様の徳にすがるのではなく、
ご先祖様から伝わる徳を、今の自分の身の上に実現させていくのです。
ご先祖様からの歴史を背負って、自分で注意して歩むんです。

基本的には、自分の身は自分で守ってください。
誰も最後までは面倒を見てくれませんよ。人は最後は独りなのです。

『大無量寿経』にも――
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人は世間の情にとらわれて生活しているが、結局独りで生れて独りで死に、
独りで来て独りで去るのである。
すなわち、それぞれの行いによって苦しい世界や楽しい世界に生れていく。
すべては自分自身がそれにあたるのであって、だれも代わってくれるものはない。
―――――――――――――――――――――――――

と書いてあるとおりです。
助けあい、励ましあい、尊敬しあうことはありますが、
自灯明の原則どおり、自分の身は誰にも代わりはききません。
夕日に照らされたこの身を見るごとく、
皆、自らをふり返って、孤独の自分を発見するのです。

そして、孤独のうちにこそ、いのちに共通する尊い仏性の歴史を見るのです。

> それとも,Sarubiaの最近の日常生活に心の乱れがあるから,
> このような事になったのでしょうか?

基本的には、そういうことではないでしょうか。
事故は相手があることですから一概には言えませんが。

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