人にとって,愛するものが亡くなるという事はとても,辛い. 
それは,家族だけではなく,家族同様に暮らして来た動物の「死」にも同じ事が言える。
Sarubiaは,昨年一人の女性を紹介された。その方は夫婦の間に長く子供が授かる事無く,
Malteseを我が子同様に可愛がっておられた。やっと念願の子供が授かり,家族とても幸せな時に,
御主人のちょっとした油断から,Malteseが外へ飛び出してしまい,運悪く通り掛った車に跳ねられて
死んでしまった。この女性(Malさん)はとても悲しみ・苦しみ,日を追う毎に悲しみの対象が御主人へと
向けられて,御主人さえ油断しなければMalteseは死ぬ事はなかった。と,憎しみの心に変わっていきました。
また,やっと授かった子供さんに対してMalteseとの想い出に耽っている時に「自分とMalteseとの間に割り込む」
対象としてしか見る事が出来なくなってしまった。
   Malさんのそのような心理状態と,御家族を心配されたMalさんの友達がSarubiaを紹介されて
それから半年,SarubiaとMalさんは会話を重ねて来ました。始めの数ヶ月はやはり,Malteseへの想いから
心が離れられなく,辛い辛いばかりの日々であり,御主人・子供にはついつい,辛くあたってしまう日々でした。が,
Sarubiaと会話,というよりも人と話をする事。自分の辛い気持ちを誰かに話をし,自分の辛い気持ちを理解
される事によって,Malさんは少しずつ心の蟠りが解けて来て御主人の心・子供の心の内面にも眼を向ける事が
出来るようになり,とうとう,或る日↓の様なメールを頂と事が出来ました。
  これからも愛するMalteseが亡くなった事に関連して色々と想い出し,時々は辛い気持ちに苛まれる事も
ある事でしょうが想い出された,家族への愛を忘れる事はないでしょう。
           想い出された,家族から沢山の愛を頂いている事を忘れる事はないでしょう。
このMalさんから最後に頂いたメールを,Malさんの許可を頂いて,紹介したいと想います。
また,Sarubiaが何時もお世話になっている僧侶(Sinsui様)にこの喜びを報告しましたところ,
↓のお返事を頂きました。合わせて紹介したいと想います。

   どのよう人にも必ず優しい心・思い遣りの心を持っているものです。
自分が苦痛にある時,人の心が苦痛にある時は,そのような優しい心・思い遣りの心を
持つ余裕がなくなってしまうのです。

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Sarubiaさん
こんばんは
 
心やさしい返事本当にありがとうございます。おっしゃるとおりです。
主人についても、子供にしても・・・。特に子供には、悪い事をしてしまいました。
いまでもあの子の描く絵の中には、父、母、自分、そして、Malteseを忘れずに描いてくれます。
言葉に表現こそうまく出来なかったけど、かなりあの子にも、
Malteseの死はショックだったみたいです。
午前中に一緒に遊んでいたのに、もう午後には動かずに横たわったMalちゃんを見ているのですから・・・
お正月に主人と子供とで地神さまにお参りに行った時の事ですが、
お父さんとお母さんと子供とMalteseが元気で過ごせます様に、と拝んでいたそうです。そして、
早く家に帰ろうとせかしたので、何故かと聞けばMalteseが家に帰ってきているかもしれないから・・
と答えたと主人から聞きました。あらためてMalteseが、本当に逝ってしまったんだと・・2度と会えないんだ
ということを実感させられました。そして子供が本当に寂しくて、寂しくてしょうがなかったんだなあと知らされました。
本当にかわいそうな仕打ちをしていました。あの当時は・・・
Sarubiaさんの言葉を忘れません。ありがとうございました。
 
明日は保育園の身体検査と制服とかを申し込みに行きます。
少しの寂しさと、とても言葉に表現できない、この日を迎えられる事への感謝の
気持ちでこの頃は過ごしています。
 
          Mal
 
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Sinsuiです。
 
----- Original Message -----
Sent: Monday, February 17, 2003 5:30 PM
Subject: 仏性とは?
 
> : これから先暮すことになる子でも、Malちゃんをこえて愛したくはないです。
> : もちろんめちゃくちゃに大切にしますが、Malちゃん以上にはしません。
> : Malちゃんが最初で最後の犬の中では愛する存在なのです。
> :   
> この言葉に私とても不愉快になり,瞋りの気持ちで一杯になりました。
> そしてそれは違う。あぁだ,こうだと諭す言葉を探しましたが,適当な言葉が見つからずに,
 
確かに「Malちゃんをこえて愛したくはない」ということは、
いのちや愛情に上下を付けている訳ですから、理念としては問題がありますが、
そうした気持ちを現に持ってしまっている、
そのこと自体は否定できないし、気持ちを汲むしかありませんね。
 
「還相回向の願」で、 http://www2.big.or.jp/~yba/teach/hongan22.html
金子大榮師が「普賢」と「殊賢」の違いについて述べてみえます。
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善に誇らず、悪にも染まらず、すべての人が、悪人は悪人ながら頭が下がり、
善人は善の誇るに足らないことを懺悔するところに、善悪すべてがそのままに
照らされ、差別のまま平等の光に照らされる。そういうような一つの天地に出て、
はじめて人生随順ということが出てくるのであります。

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        〜〜 略 〜〜

> このように返信をしました。

       〜〜 略 〜〜

> このような返信を頂きました。
 
気持ちが通じたということで、素晴らしいですね。
感情を諭すことは誰にもできませんので、Sarubia様のように、諭すより、
生きる方向や大切な事柄を述べてあげた方が、結局悪い感情も抑えられていくようです。
 
> 何時も,Sinsui様が言葉にしていらっしゃる仏性というものが,どういうものなのか。
> 何となく,理解できたように思えました。
> そして,私自身,Sinsui様に対して,やっとかめの皆様に対して,Malさんと同じ事をして来たのだという事を,
> そして,Sinsui様とやっとかめの皆様は,今回,私がMalさんを受け入れる心,
> 包む心で見守ってきたのと同じように,私の心を見守って下さっているのだという事を実感出来ました。
 
仏性は誰にでもある、と信じるところに、仏性がその姿を現わすのでしょう。
その源流は如来の願いにあり、決して自分の考えが源流ではない、
ということが解れば、仏性を見る眼も育てられていきます。
 
合掌
 
          
        浄土真宗やっとかめ通信
         (東海教区仏教青年連盟)