自分とは何か。
自分が自分であるとは?   
自分が自分であるとはどういう事なのか。
今まで5数年生きて来て,自分は何をして来たのか。
今迄の人生で,自分自身に何を得る事があったのか。
そのような事を考え続けて来た。自分の内面を見つめてみると,
   この上もない横着者だし,
   家の中では一番の我侭者だし,
   賢くない一番の大馬鹿者だし,
   一番偉そうにしているし,
幾ら考えても何の取り得もない事が分かる。その何の取り得もない自分が
この人生を精一杯生きるとはどういう事なのか。どうすればいいのか
考え,模索している。何の取り得もない自分が精一杯生きていくのには,
自分自身を成長させる事が肝要なのではないだろうか。それではその
自分を成長させるとは,どういう事なのか。

叩いたら叩き返す,人がするから自分もするという衝動的な本能のままに
生きるという生活をせぬように,美しくお互いがお互いを思いやる心のある
社会にしたいと想えば,どんなに相手を美しい心にと,清らかな心にと願っても,
自分の心が醜く穢れていたのでは,美しい社会にする事は絶対に不可能な事。
それでは自分を綺麗な心にするとは,
自分の心を成長させるとはどういう事なのか。どうすれば良いのか。
一般に美しいといえば親から産んでもらった顔,形が整っている人の事を指すが,
それは自然の形の美しさであって,人間の内面,人柄の美しさとはいいません。
また美しさの中には人生に於いての境遇の中から学んで来た美しさもある事でしょう。
経済的になに不自由なく育った人,貧しく家庭環境に恵まれずに艱難辛苦を嘗め尽くして
育った人では自ずと人間性にも大きな違いがあると想います。
そのそれぞれに違う個性の内面の美しさを育てる事によって命に輝きが生じ,
生きる喜びが生まれてくるのではないでしょうか。
  その命の輝きを得る為の助けとなってくれるのが仏教なのではないでしょうか。
現在の仏教,僧侶は葬儀,法事などの仏事に追われているように見えますが,
仏教本来の教えとは人間の内面を育てる事にあるのではないでしょうか。
仏教の教えの中に「八正道」という教えがあります。

    ☆ 八正道とは,八種の正しい生活態度

1,正見  :正諦の道理を見る。
2,正思惟 :正諦の道理を思惟する。
3,正語  :正しい語をいう。
4,正業  :正しい行動をする。
5,正命  :身・口・意の三業を清浄にして正しい理法に従って生活する。
6,正精進 :道に努め・励む。
7,正念  :正道を憶念し,邪念のない事。
8,正定  :迷いのない悟りの境地に入る。

    八正道とは,
正しい見解,正しい思い,正しい言葉,正しい行為,
正しい生活,正しい努力,正しい気遣い,正しい精神統一


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正に毎日の生活の教えそのものではないでしょうか。
私は自分も含めて,人間である限り,自分の内面を見つめ,
自分の心を成長させたいと願う人全ての人は自分の心は貧しく,未熟であり,
未熟な心を成長させる為の導きなのだと知り,自分の心の怠らぬ努力を
続ける事によって,自分の命に輝きが生じ,
生きる喜びが生まれてくるのではないでしょうか。

私はこれらの事を考えて,
 
※ 仏教とは,「自分の心を正す場所なんだな」と,感じた事です。

お寺へお参りする事が仏教ではない。
仏像を拝む事が仏教ではない。
墓参りをする事が仏教ではない。
仏教とは,仏とは,自分の心の中にあるのだと感じた事です。
八正道にもありますように,仏教とは,自分の毎日の生活を
正しく行う為の教えなのだと感じた事です。
そして,その中から自然と行動に表れてくるのが,
お寺へのお参りであり,墓参りなのではないかと想うのです。

    ※自分が人間として生きるには,自分の顔・言葉・行動に対して大きな責任があると想います。
        その責任を人として果たしていく為にも,自分の人間性を成長させていく努力は必要なのだと想います。