東海教区仏教青年連盟主催

公開講座 同朋の集い

いのちを考える 2

― 脳死をとりまく家族の葛藤 ―

【公開講座の記録】

[講師:森岡正博 氏]

 生死の判断は関わりの歴史で変化する

 私は1989年ですから今から12年前ですけれども、『脳死の人』という本を書きました。
色々調査して勉強して、まあその本で、書いてて思ったのは、その当時は、人間の脳がはたらきを止める。
そうしたら脳死ですよね。人間というのは脳が死んでしまえば人間は終りだ、と。
それじゃあ脳死が死でいいじゃないか、という考えが1980年代は強くありました。

 だけど、実際に脳死になった方の回りの人に聞くと、そうは思わないといいます。脳死は死と頭では
分かっていても、特に息子さんや娘さんが脳死になっていて、これ、どうなるか、というと、
暖かいんですよね。「脳死です」と言われたって、実感がないと思います。まず、
触ってみると動くんですよ、脳死の患者は。
 これは強調して報道されてませんが、実際に脳死を看取った方に聞くと、よく動くそうです。
指も30〜40%くらいは、ひくひくと動かします。それは見てると動くし、触ると反応するんです。
もっと激しいのは、手を持ち上げることがあります。けど、これは報道されてません。
医学文献にはちゃんと出てます。ですからよく動くんです。暖かいし、それにおしっこするでしょ。
汗もかきます。体位も変化しないと床ずれができちゃうし、看護も大変です。でも死んだと
思えないんです。絶対じゃないですが、なかなか死んでると思えないです。

 特に、息子や娘。今朝も一緒にご飯食べてて、行ってきます、と出ていって、
帰りに脳死になっている訳です。交通事故があって。これでは納得できませんね。
そういう話を聞いていると、脳死が生きているか死んでいるか、なんて話は単純に見すぎです。
人間が死ぬかどうかというのは、例えば脳死の場合は、暖かくてよく動く。その人と、
それを見ている私との関わりの問題なんだ、というふうに考えたんですね。

 具体的に考えてみたら、自分の息子や娘が脳死状態になってる。
そしたら、頭で分かっていても、<いや、死んでる訳ない。生きているよ、
まだ>という思いが、わーっと出てくる。ところが例えば、隣に全然知らないし
見たこともない人が脳死になっている、としたら「ああ、この脳死の人は死んでるよ」と。
だって関係ないもん、今までの人生で。目の前に息子や娘がいて、隣に同じ脳死状態の人がいた時に、
隣には冷ややかに「暖かいし、脳もダメなんだから死でいいじゃないか」と思いながら、
自分の息子・娘には「まだ生きている」と言うかも知れません。これが人間でしょう。
 これはこれでいいと思う、「いい」というのも変だけど、真実です、多分。

 なぜこういう違いが出てくるのか、というと、やっぱり我々の人が生きているか死んでいるのかいうことを
決めているのは、やっぱりその人と私との関係、これが生か死かという判断に大きく関わってくるわけですね。
 赤の他人について冷静に判断できるのは、その人とあまり関わりを持っていなかったからなんですよね。
今日初めて見た訳ですから。自分の息子や娘の場合、今まで何年、十年とか関わって楽しいことがあったし、
嫌なこともあったし、ぶん殴りたい時もあたし、家出したり、とか色々あった訳でしょ。そういう関係の
歴史がずっと積み重なってきて、その積み重なったものが、今目の前にあるわけですよ。

 すると、死んでるか生きてるか、これは医学や生物学ではなくて、私とその人の関係の歴史なんです。
だから歴史学の段階なんですよ。難しい言い方すると。ということを私は思っています。
最初の方でそういうことを書きました。だから、私は脳死というのは「脳死になった人と
それを看取る私との関わりの問題である」、そういうふうに考えました。

 死んだ後もありありと生きてる

 こうした考えは、実際にご家族を脳死で亡くされた方には受け入れられやすいものです。
で、その本を書いて1年ぐらい後に、ある医学生が私のところへ来るんですね。
私の『脳死の人』という本を読んで学園祭で取り上げられた。それで私が話をして、
シンポジウムをやったんです。その後1年間くらい研究のためアメリカに行ってて、
日本に1994年くらいかな、戻ってきて、ある研究会を開くんですけど、学生だった彼女は
もう医者になっていましたので手紙を出して呼んだんです。そしたら電話があって、
実はそれは彼女のお母さんからでした。最初は声が似ていたので本人と間違えたくらいでした。
実は本人は脳死になって亡くなられた、ということでした。

 私はすごい衝撃を受けました。脳死のシンポジウムをやった彼女が、私がアメリカに行ってる間に、
脳死になってたんです。そのご両親は既に1年前に娘さんを亡くされた訳ですが、思い出の文集を
作っていたんです。娘さんの写真も一杯入っているし、医学の手記とかメモみたいなものとか、
小学校時代からの友だちの手紙とか、日記とか、色々入っていました。それを私は頂きまして
読みました。それを読んだ時に、私はすごく不思議な体験をしたんです。

 どういう体験かというと、文集を読むでしょ、読んでいってるんだけど、
読んでる時の時間というのはすごく密度が濃いわけですよ。ページをめくって読んでいく、
その中に彼女は生きている、という感じなんですね。これは言葉で言いにくいんですが、
私とその本の間に生きているんです。読み終わった時、すごく不思議な感じでした。

 1年前に彼女は死んでるんですよ。でも今、目の前でありありと生きているんです。
私は2回しか会ってません、打ち合わせと本番と。でもかなりインパクトの強い人でした。
文集では彼女の別の面がいっぱい書かれているわけですよ。私は当然2回しか
会ってませんから見えてない、人生とか、生活とか。それが本人の言葉や友人とか
先生とか色んな言葉で綴られているわけです。29歳で死んでますが、彼女の人生を
皆が大切に思っていることが分かります。
 その時にふと思ったのは、彼女は実態として脳死を経て1年前に死んでるけれど、
彼女の何か、何かはわからないけれど、彼女の何かは、彼女の存在を大切にしたいという
色んな人たちの思いの網の目の中でずっと生き続けているんじゃないか、という感じがするんですね。
それが、彼女の人生に2回だけ関わった私ですが、そういう私に文集という形で届けられて、
私が読んでる時にその、何といっていいのか分からない、私は「いのち」と呼びたいけれど、
それが伝わってきました。

 これは上手い言葉でまだ言えない。できないけれど、思ったのは、この世で死ぬということと、
いのちが尽きるということとは別だということは私は確信しました。これは私なりの発見です。
ただ、ちょっとしか言葉にできませんけどね。いのちというのは、ある人が人間関係の中で
人生を生きてきた、そのことを大切に思う人たちの手によって肉体の死後も伝えられていくものだ、と。
 それはどういう形か分からないけれども、密度・熱度ですね。それは色々な形を取るんです。
文章を読むとそれが伝わってきます。これは科学では説明できないです。なぜかというと、
科学はこういう状況にタッチしてないからです。でもこういうことを言うとカルトとか新宗教とか
言われますが、そんなことない。なぜなら、こういうことというのは、普通に人生いきてたら
結構あちこちで感じることだと思うんですね。

 断言の暴力に対抗する言葉が必要

 阪神大震災というのがありまして5000人以上の人たちが亡くなった訳ですが、私の知人が
そのルポを書いた本にあるのですが、震災で娘さんを亡くされたご両親に、
長いインタビューをしてるんです。その中でお母さんがこんなことを述べてます。
娘は死んじゃって居ないですが、道を歩いていて角を曲がる瞬間に向こうから娘が歩いてくる
実感をありありと感じることがある。あるいは買い物に行っていて、
幼稚園を通った時に<ここに生きてる>と思う。
 どこにも居ないですよ、当然。遺品もそこに無いし、だけど娘が遊んだ何かというものが、
幼稚園のここにあるんだ、と感じる。道を歩いていると出てきそうな気がする。
お母さんは「もう居ないんだけれど、居る」と言うんです。そうとしか言い様が無い。
これは何かをつかんだ言葉です。私もそれを聞いたときに、私自身の体験と同じでした。

 脳死になった彼女は死んでるんだけど、文集読んでいる時はそこに居たんです。
これ、どういうことでしょうね。これは何でなのか、ということです。そうやって考えていると、
これはすごく大きなことでして、科学はこういうことはつかめないですね。
 例えば脳死になって家族を亡くされた息子さん、ご両親にお聞きしてるとやっぱり同じことを
思われているんですよ。息子が脳死になって、病院から脳死とは何かを説明される訳ですよ、
医学的に。それも分かるんです。もう二度と帰ってこない。いつまで続くかわからないけど、
やがて心臓も停まる。脳は働いてない。死んでるのと同じだ、と言われると分かる。

「だけどここに生きてるじゃないか」という感じが出てくる。こういうことをよく言われます。
説明されれば<死んでる>と頭では分かる、けれども<生きてるじゃないか>とね。
 だからここを上手く言葉にできないですね。だからうじうじと言葉にできない。
医者からは医学的なことは説明される。こちらはすっきりしてるから「うーん」と反論できない。
そういうところに追い込まれてくる。これも同じです。見慣れた姿に<居る>と思うんです。
そういうことが世界には在るんだということ、これは何と言えばいいのでしょうか。
生物学とか医学で「生きてる」「死んでる」と言われるのとは違います。
こういったことをつかみとる言葉が私は必要だと思います。

 今のところ私は3つほど例に挙げたけど、こういうことを説明する言葉を我々は
まだ持っていないので、言いたいけど言えない。でもこれ、とっても大事なことだと思います。
 多くの脳死で家族を亡くされた方が、目の前で脳死になってる時に、私がいま言った状態を経験し、
でも言葉にできない。言葉がつくれないから押し切られていく。
「死です」と言われ、「はあ」と。「生きている」とは言えない「けれども・・・・・」という感じになっていくわけです。

 これ、何か言葉があれば、と思うんです。仏教に関わってみえる皆さんに考えてほしいのは、
そういうのは一体何なんだろう、って。そういうこと、あるわけです。世界のあちこちに、
日本のあちこちに。昔からずっとそういう話はあるんですよ。現在は現在の形をとって
同じ問題に直面しているわけです。
 一方では居ないけど、居るとかね。そういうことに直面して、これは何なんだろう、と思っているときに、
それを、「物事は有るか無いかどっちかに決っている」、「生か死かどっちかに決ってる」、
この間のブッシュみたいに「善か悪か」みたいに、二分法でぶった切るみたいなことが溢れてるわけです。
曖昧なものは許されない、ぶった切れ。
 そういうのは暴力だと私は思いますけど、そういう暴力に対して言葉が必要なんです。
難しい言葉じゃなくて。誰でもわかる日常的な言葉で、これはこうなんだよ、という言い方でね。
そこまで上手い言い方はまだ発明できてません。今のところ私が説明したようなまどろっこしい
言い方しか言えないんです。

 脳死の人を看取る現場というのは、非常に曖昧で多元的色々な見方ができる。
かつ、複雑怪奇です。新聞だけ読んでいると、脳死は人の死かどうか、どっちかに決って、
決ったら移植するかどうか、どっちかに決って、すとんすとんといって、
「人類愛で人が助かります」というストーリーばかり並べているけど、現実はそんなもんじゃないです。

 ドナーカードが重くのしかかる

 愛知県で、脳死の患者さんが出た99年ですかね、中日新聞にそのルポが出たのを皆さん読まれましたか? 

 藤田保健衛生大病院で脳死の患者さんが出たんです。脳死の患者というより「脳死だろうと
思われる患者さん」が出ました。判定が出ないとそう呼んではいけません。17歳の女子高校生でした。
それで、本人がドナーカードを持っていて、全部○を付けていました。移植をする。それで、
脳死判定に進んだ、ところが交通事故で片方の耳の鼓膜が破れていたので、脳死判定が100%できない。
脳死判定は両耳の鼓膜を検査しなければならない。とこが片方破れていたので検査できません。
どうするか厚生省に問い合わせたら、時期も時期だし、曖昧なケースは脳死にするな、と出て、
脳死判定を途中で止めたという形です。

 そこでこれは日本の脳死の数に入ってませんけど、これが全国に出て、その後中日新聞が地元ですから、
独自の取材をして、ご家族にインタビューをし、非常に長い記事を配信したんですね。
 これは大変優れたルポでして、中日新聞に問い合わせたら何月何日かわかりますので、
ぜひ地元ですし読んでいただきたいと思います。
【※編集者注:「娘が脳死になった」(17歳ドナーの真実)――
脳死についての特集が1999年10月14日より中日新聞に連載】

 17歳の女子高校生の彼女は、交通事故なんですけど、
その1年前、お母さんに「ドナーカードを持つ」と言ってるわけです。で、「もし脳死になったら移植するから、
お母さん邪魔しないでね」と、お母さんに言ったらしいんです。お母さんは「そんな縁起でもないことを」
という会話をしてました。で、一年後、交通事故に遭って脳死のような状態になって、その時娘さんの
持ち物の中からドナーカードが出てくるんです。「脳死の判定をして下さい。臓器は全部差し上げます」という
ところに○がついているんです。それを見てまずご両親がびっくりする訳です。
 というのは、ご両親がまず駆けつける訳ですが、それでそういう状態なわけですよ。生きているみたいに見える。
とても死んでいるとは思えない。医者は「医学的には云々」と言うけれども、
これで死んでいるわけないじゃないか。駆けつけてきたお父さんが、まずそう思うわけです。
ところがドナーカードが出てきた訳です。「脳死判定してください」というのは
「脳死になったら死んだことにして下さい」ということです、
本人の意思として。で「移植もします」という状態な訳です。

 ご両親はそのドナーカードを見たときから地獄が始まるんです。そう仰ってるんです。
どういう地獄かというと、現実にご両親が娘さんを見て、
<とても死んでるとは思えない>と感じているわけです。
 ところが娘さんは、「こういう状態になったら死んでるものとして取り扱ってほしい」と。
その時ご両親が考えたのは、<自分はとても死んでいるとは思えない。生きてるとしか思えない。
けど、本当に娘の気持ちを考えたら、娘の思うようにしてあげるのが1番娘のためである。
親はそうするべきじゃないか>とね。そこで引き裂かれていくわけです。

 自分の実感としては生きているとしか思えないし、<脳死にして臓器を取り出すのは殺人じゃないか>と、
自分は思う。けれど娘はそうしてくれと言ってるのだから、本当に親として娘のことを考えるのなら、
脳死判定をして臓器をあたたかい状態で取り出すことを認めるのが親としての勤めじゃないか、と。
 ここでまず親は悩みます。悩んだ挙句どうするかというと、結局、娘さんの意思を尊重するのが
親として一番娘を思うことだ、という結論になって、脳死判定には家族の承諾が要りますから、
承諾書にサインをする訳です。これはお父さんがされたそうですけど、サインをする時に、
インタビューで言ってるんだけども、サインをした時、<娘は俺が殺したんだということを
心に言い聞かせた>というんです。

 お父さんとしては生きてるわけです。生きてるのを脳死判定して臓器を取り出すわけですから、
これは自分のリアリティーでは殺人なんです。殺人させる。だから娘は自分が殺したんだ。だから、
殺した罪を私は一生背負ってゆく、と決心をして、同意のサインをした。そのように書かれています。
 サインをした後、家で吐いていた。もどしていたらしいですけど、それでその後、どうなったかというと、
さっきのように脳死判定が進みました。ところが脳死判定できないというんで、ストップされちゃうんです。
それでまた家族はどん底に突き落とされるわけです。やっと決断したのに、またそれが水の泡になっちゃった。

 生命倫理のとらえ方

 その後どうしたかというと、臓器移植は腎臓ですね。腎臓は心臓は止まっても移植できますから、
心臓が止まるのを待って腎臓を摘出しました。ただ、角膜についてはお母さんが拒みました。
それは何故拒んだかというと、娘さんが元気な時「ドナーカード書いたよ」って言った時に、
こういうことを言ってたんです、「自分は脳死になったら臓器あげて。私は死ぬけれども自分は
臓器になって帰ってくる」と。
 つまり臓器が移植されて、移植されたその人にのり移って「お母さんに声かけるからね」と言ってるんです。
その時は「何を馬鹿なこと」と聞き流していたんですが、それを思い出す。で、お母さんが言うのは
「角膜を取ったら臓器にのりうつって自分に声をかける時に、自分が見えなくなっちゃうんじゃないか」と。
そういうところからです。それで角膜は拒否する。
 その後、お母さんは「ずっと待ってる」と言うんです。何を待っているかというと、
<見知らぬ人が道で声をかけてくれるんじゃないか>と、ずっと待っているんです。
 つまり移植した、それは誰か分からないですが、誰かになって帰ってくるんじゃないか。
ずっと待ってるんです。

 これはかなりすごい話だと思うんです。やっぱりここでも、生とか死というのは生物学的な生死もあるけど、
それとは別次元で我々がとらえている何かがあるような気がします。そのお母さんが「待ってる」
というものの中で。何を待っているんですか。死んだ人は灰になっているんです。何を待っているんだろう。
わかるでしょう、この感覚は。
 だからこの次元のことが何かある訳です。これを私は最初から言ってるけれど、居ないはずなのに居る、
角を曲がったら居る、それと通じている次元の話だと思うのです。これが今日言いたい事のひとつなんですが、
今日は宗教的な言葉を使わずに、日常の言葉で言えるんです。回りくどいけど。

 多分、こういうような次元の問題を考えるのを私は生命倫理だと思います。ただこれは
一般の考え方とは全然違います。生命倫理というのは、こういう次元の問題に敏感になり
大切にしていくことだと思います。

 もうひとつは中日新聞の例でいうと、脳死から臓器移植について、世に伝えられている程、
さっといく話ではない。人間の心とか思いとか、無茶苦茶に引き裂いたり、辛いところに
追い込んでいったり、逆に救いのようなものが与えられたりしながら何かしていく、
これはすごいことだ。こういうリアリティーですよ、脳死者から臓器を取り出すということは。
 中日新聞の例はこういう話ですが、他の例でもそれぞれに何かあるはずなんですよ。
一般の報道では抜け落ちてしまうところが。そういうものをすくい取ってゆくこと、というのは
我々がしなければならないことじゃないかな、と思います。
 私は私の方法でやってきたし、これからもやりたいと思いますが、皆さんは皆さんのそれぞれの
スタンスから考えたり発言したり、あるいは経験したりして。伝えていくべきことはそこから
つかみ取れるのではないでしょうか、どうなんでしょう。

 脳死と臓器移植について、話さなければならないことは山ほどあるんだけど、時間がないので、休憩後に。