人の幸せって,どこにあるのだろう。
人は何を求めて,幸せを感じているのだろう。
人はどのような時に,自分が幸せであると感じる事が出来るのだろう。
それは,人様々なのでしょうね。

  ※ 幸せ,其のT


Sarubiaは自分の育ってきた環境の中から得た生きる為の条件として
自分の命は,自分の生活は自分が守るしかないのだと思っていた。
その様な考えから自分自身から人を遠ざけ,自分の殻に閉じこもっていた。それ故に,
今までとっても孤独だと思うような時が多かった。自分は一人なのだと。
でも最近,それは自分の大きな考え違いであったと思い至った。

何故なら,自分ひとりだと思っていたその時にでさえ自分は多くの人と触れ合い,
自分の知らないところで人の心と触れ合い,人の助けを得て生活をしている事に気付いたのです。
自分が完全に独りであった事があるでしょうか。。。。完全に孤独であった事があったでしょうか。
否,それは自分が人から取り残された孤独,独りなのではなく,自分が人に対して心を開いていないだけ
だったのです。

自分の考えに合わないから。。。
自分と相性が悪いから。。。。
自分の意見に賛同してくれないから。。。。

等から自分は常に自分の都合の良い相手のみを探して生きて行こうとしていた。
そして,自分に都合が悪くなると自分から人を避けて逃げた生活をして。。。
でも,最近ある事柄がきっかけからもう自分から逃げる事はよそう。
自分の決めた事は最後まで,自分が本当に限界になるまで正面から受け止めて取り組もう。
その様に決めて自分から一歩前へ踏み出すと,今まで全てが自分の敵,敵までもなく

自分の考えに合わないから。。。
自分と相性が悪いから。。。。
自分の意見に賛同してくれないから。。。。

この様に思っていた人達全て心優しい思いやりのある人達だったのだと気付いたのです。
失敗があるから,人間。
未熟であるから人間なのです。
そして他人だけが失敗をするのではない。人よりも多くの失敗をする自分を認めたとき,
人の失敗を暖かく思いやる心を持つ事が出来た時,自分も人より暖かい心で見守られている事に気付くのです。


幸せって一人では味わう事が出来ない。自分の幸せは,多くの人との幸せが合って,
初めて自分の幸せになる。自分は一人で生きる事は出来ない。
今迄も,未来も。この世に生まれる時から,死する時まで,誰かの助けがあって
初めて,自分の存在がある。でも,多くの人はそれに気がつかない。
自分の努力と共にある現在の生活も多くの人の手助けがあって成り立っている事に,
つい忘れがちになる。


    ※ 幸せ,其のU

人は毎日の生活に於いて,何を幸せと感じているのだろう。
人は日々の生活の中で何があるから,幸せと感じているのだろう。

Sarubiaは今,自分が独りで生きているのではない。
多くの人に助けられて生きているのだと思い至った今,日々の小さな事柄全てに幸せを感じる事が出来る。
他人から見ればそれらは,ごみ箱に捨ててしまいそうな小さな欠片が,Sarubiaの幸せ。
日々の小さな欠片がたくさん集まって,Sarubiaの大きな喜びとなり,喜びの心から幸せの心が生まれる。
幸せの心があるから,日々の生活に生甲斐が生まれ,生甲斐が生まれるから,
毎日の生活を活き活きと過ごす事が出来る。
幸せな心で活き活きと日々を過ごす事によって,自分の周囲にいる人達に笑顔と暖かい心を向ける事が出来る。
その事によって周囲の人間に温かい心が生まれ,心の余裕が生まれるようになる。
心に余裕のあるところには,苛立ちも争いもない。
日々の平凡な生活の中にある平和な心に於いて,幸せのオアシスが育つのではないだろうか。


     人の幸せって何だろう。
     それぞれの人によって,感じる幸せって違うのでしょうね。
     私の幸せって,ちっぽけな欠片がいっぱい集まって出来ている。
     多くの人にとっては,ごみ箱に捨ててしまいそうなちっぽけな欠片。
     でも,その欠片が私にとっては掛け替えのない幸せの一粒一粒。
     その一粒一粒が私の心を活き活きとさせ,輝きを与え,生きる目的を与えてくれる。