☆脂肪腫           
  脂肪腫は脂肪細胞から発生する腫瘍である。しかしながら真の腫瘍ではないとする説もある。
原因は明らかではない。肥満した中齡または老齢の雌犬の脇腹,胸部,前胸骨部,腋窩,鼠径部の
皮下脂肪組織は脂肪腫の好発部位で,同部に単発または多発する。発生平均年齢は8歳,好発犬種
はないとされているが,ラブラドール・レトリーバー,ダックスフント,コッカ−・スパニエル,ワイマラナー,
プードルやテリアなどの小型犬種に も多くみられている。非常に大きく増殖する事もあるが,皮膚を
侵す事もなく潰瘍の形成もない。肉眼的には,外見上正常な脂肪組織が限局した球状形をなしたもの
として見られる。しかしながら皮下脂肪組織にのみ認められるのでなく筋肉間の組織に広く浸潤する事
もある。外科的に切除された腫瘍塊はホルマリン固定液に浮遊する特徴を持つ。脂肪腫は,病理組織学的
に脂肪腫,繊維性脂肪腫,浸潤性脂肪腫に分類されている。  
    ☆扁平上皮癌          
  扁平上皮癌(SCC)は扁平上皮細胞から生じる悪性腫瘍である。疫学的データ集積は十分でないが,
太陽光線との間に強い相関関係がある事が知られ,光線性角化症発癌の前駆症状としてみられる事
がある。犬では口腔,爪下周囲,陰嚢皮膚,鼻,四肢,肛門などに好発する。ダルメシアン,ビーグル,
ホイペット,ブル・テリアなどの犬種では体幹や腹部の色素のない部分か色素の薄い皮膚に部分に発生
している。SCCの発生には性別差は認められていない。皮膚や爪周囲に発生するSCCの平均年齢は
8〜9歳で,口腔領域での発生平均年齢は10歳である。  
    ☆血管肉腫      
  血管の内皮細胞より発生する悪性腫瘍で悪性血管内皮腫とも称され,肉腫として原発する
のみでなく,血管腫の悪性化としても生じる。転移は急速で血行を介して肺,肝臓,心臓,大網膜,
筋肉,脳などへ起こる。腫瘍の発生平均年齢は9〜10歳で,好発犬種はジャーマン・シェパード,
性別差では雄犬に多く見られる。腫瘍の好発部位は内臓(脾臓,心臓など)と皮下組織とされているが,
血管が存在する全身の組織(骨,中枢神経,鼻腔,口腔,膀胱など)にも発生する。皮膚及び皮下組織
にみられるものは,その発生原因として長期間の太陽光線照射の関与が示唆され,短毛で皮膚の組織
のない犬種の腹側腹部や鼠径部,陰嚢の皮膚に高頻度に発生している。ホイペット,ダルメシアン,
ビーグル,アメリカン・スタッフォードシア・テリアなどは本肉腫の皮膚発生リスクが高い犬種である。
近年,血管肉腫は外科療法と化学療法の実施により,生存期間を延長させる事が出来るようになってきた。 
    ☆メラノーマ(黒色腫)   
  メラノーマ(黒色腫)という用語は従来,良性,悪性の区別なく使用されていたが,現在では良性を
黒色細胞腫(メラノサイト−マ),悪性を悪性黒色腫(マリグナントメラノーマ)と分類されている。いずれ
の黒色腫もメラニン産生細胞(メラノサイト)から発生する腫瘍である。黒色腫はその名が示す如く,
腫瘍の色は茶色から緑黒色を呈しているが,ほとんど色素のないものもある。色素の濃さは必ずしも
悪性度を示すわけではない。本腫瘍は口腔内,皮膚,眼球,指などに多くみられ,口腔や指に生じる
ものは悪性黒色腫がほとんどで,皮膚や眼球には黒色細胞腫の発生が多い。皮膚悪性黒色腫の
平均発生年齢は9〜11歳で,3歳齡でもみられている。雄雌差では雄に多く,皮膚の色素沈着度が
高いコッカ−・スパニエル,スコッチ・テリア,ボストン・テリア,エアデ−ル・テリアなどは好発犬種と
いわれている。口腔内での悪性黒色腫の発生は9歳以上で,特に黒色コッカ−・スパニエルに多発
している。眼球には強膜または結膜下結合組織から生ずる眼球上メラノーマ,虹彩または毛様体から
生ずる前ブドウ膜メラノーマ,網膜,脈絡膜,視神経から生ずる脈絡膜メラノーマ,そして眼臉結膜
および第三眼臉から生ずるメラノーマなどがある。悪性黒色腫はリンパ行性および血行性に早期に
転移し,本腫瘍と診断された時点ですでにリンパ節や肺に微小転移が存在する。黒色細胞腫の予後は
良いが,悪性黒色腫の予後は不良でたとえ原発病巣をコントロール出来たとしても,肺の転移巣が発育し,
6ヶ月以内に死亡する。
                   ☆リンパ(肉)腫    
  リンパ肉腫は,リンパ節,胸腺,消化器,皮膚などにあるリンパ組織から発生する悪性腫瘍である。
罹患したリンパ節は腫大し,
その発生部位によってさまざまな臨床症状を呈する。疫病の進行過程で
腫瘍の遠隔転移を起し,最終的に他のリンパ節及び多くの内臓や骨髄を侵し動物を死に至らしめる。
同義語として悪性リンパ腫,リンパ腫が用いられている。犬のリンパ肉腫は日常診療においてよく
遭遇する腫瘍で,その発生は全悪性腫瘍の8〜10%を占め,年間発生率としては10万頭につき
6〜24頭である。犬ではウィルスが原因になる可能性は示唆されているが明らかではなく,遺伝的
な発生傾向や発癌物質の摂取によると考えられている。リンパ肉腫は最も化学療法に反応しやすく,
治療後は腫瘍の臨床的な消失(寛解)が望め,患犬はある期間,通常の生活に戻る事が出来る。
治療しなければ,余命平均30〜60日だが,治療後の寛解は3ヶ月くらいから,まれには数年に
及ぶものもある。したがってリンパ肉腫はさまざまな療法を実施するに価する腫瘍である。リンパ肉腫は
通常,発生部位による解剖学的な分類がなされている。その分類とそれぞれの発生頻度を表に示した。
    1,多中心型リンパ肉腫:局所あるいは全身のリンパ節に同じ発生する型で,犬において最も一般的
        なタイプである。リンパ節の腫脹は境界明瞭でゴム様硬度をなし無痛性であり,左右対称性に
        腫脹を呈するものもある。食欲不振,嗜眠,体重減少などの一般臨床症状から,腫瘍の転移に
        よる脾腫,肝腫,造血系の異常(貧血,血小板減少症,白血球異常)を起し,高カルシウム血症が 
        ある罹患犬では多尿と多渇症をみる。眼球異常(ブドウ膜炎,眼出血)が30%の犬にみられる。
   2,消化型肉リンパ肉腫:消化管とその付属リンパ組織に発生するまれな型で腫瘍が胃や腸の一部に
       限局して発生するものや胃と腸の全体に及ぶものがある。罹患犬は出血性または非出血性の嘔吐,
       下痢がみられ,腸閉塞や吸収不良症候群などの症状呈する。
   3,皮膚型リンパ肉腫:皮膚および皮下組織へびまん性に腫瘍細胞が浸潤して,単発または多発性の
     変化に富んだ皮膚病変を形成する型で,組織学的に原発性皮膚型リンパ肉腫と菌状息肉腫の2つ
     のタイプがある。症状は皮膚のマイルドな湿疹で掻痒性の発疹ないし紅斑として始まり,潰瘍化,
    結節性の病変へと進行し,最終的には近隣のリンパ節及び内臓への転移を起し全身症状を増悪させる。
   4,縦隔膜型リンパ肉腫:縦隔膜や肺門部のリンパ節および胸腺に発生するまれな型で,リンパ節の
      腫脹による気道の圧迫や,リンパ節からの滲出液が胸腔内に貯留するため,咳や呼吸困難を呈する。
      また, リンパ節の腫脹が前大静脈を圧迫するため顔面や前肢に浮腫を生ずる事もある。このタイプに
      罹患した犬の約半数例は高カルシウム血症を呈しており,多飲多渇,多尿,食欲不振,衰弱などの
          臨床症状を随伴している。
   5,その他のリンパ肉腫:リンパ節以外に出来るリンパ肉腫で,中枢神経,骨,心臓,鼻腔内,眼球等に
      限局して発生する犬でも極めてまれな型である。臨床症状は侵された部位により異なる。  
    ☆肥満細胞腫      
肥満細胞腫は肥満細胞より生ずる腫瘍である。肥満細胞「Mastzellen」という名称は,食べ物を意味する
ドイツ語の「Mast」に由来し,細胞内に顆粒を多量に詰め込んだ栄養たっぷりな細胞という意味で,
1877年にEhrlichによって命名された。腫瘍化した肥満細胞においてもこの顆粒は存在し,その顆粒の
生理学的性質(ヒスタミン,セロトニン,へパリン,蛋白分解酵素,好酸球化学走性因子など)も受け
継がれる。本腫瘍を発生した犬は腫瘍そのものの病害作用を受けるだけでなく,腫瘍細胞が放出する
顆粒の生理学的性質の影響も受け,様々な臨床症状を呈する。それらはダリエール症状,胃十二指腸
潰瘍,血液凝固異常,創傷治癒の遅延などで,場合によって アナフィラキシ−ショックを起し死亡する事
もある。臨床医は本腫瘍が疑われたならば,この腫瘍の持つ生物学的特徴を理解して,治癒に臨む必要
がある。肥満細胞腫は比較的よくみられる腫瘍で,その発生率は犬の皮膚腫瘍の13%に当たる。本腫瘍
はあらゆる部位( 脾,肝,腎臓,肺,咽頭,胃腸,リンパ節,骨髄など)に発生し得るが,その約90%は皮膚
や皮下組織に発生する。発生年齢は3週齡から19歳齡までにわたり,平均年齢は8.5歳である。発生の
性差別はない。雑犬種に最も多くみられているが,ボクサー,ボストン・テリア,ブルドッグ,ラブラドール・
レトリーバー,ビーグル,シュナウザーなどは本腫瘍の好発犬種である。本腫瘍の名称からは悪性腫瘍と
いうイメージはないが,約半分のものは悪性腫瘍の生物学的動態を示している。個々の症例については,
その腫瘍が示す生物学的動態はさまざまであり,いつも予測される系かをとるとは限らず,予後の推測は
困難である事から,腫瘍の治療にあたっては,「常に悪性腫瘍に対応するが如く実施すべきである。」と
提唱されている。
 
                犬の診療最前線・interzoo より