名指し 2004,3,31
天誅さん,こんにちわ。

貴方が名指しをされた方とお電話でお話を致しました。
結果,

このような書き込みをされる方に思い当たる方が一人居ると言われました。

1,犬種:パグ
2,疾患名:頚椎変性症
3,生後3ヶ月頃に発症
4,ブリーダーには,遺伝疾患が発現した事を通達した。
5,現在,様々な病院を紹介したり,治療費を何処までショップ側が
   負担をするのか,交渉中であるとのお返事でした。
貴方がその本人なのか,御本人から話を聞かれた友人が書き込みをされたのか,
Sarubiaには計り知れませんが,ショップ側の言い分に間違いありませんか?

頚椎変性症について,Sarubiaも調べてみましたが,このような症状なのですか?

頚椎が変形する事により項靱帯が退行変性し石灰化もしくは骨化したもの。
石灰化,骨化する部位は項靱帯の隔壁部の索状移行部と棘突起靱帯移行部
とされている.通常,もっとも好発する部位は,第5,第6頚椎棘突起間の
後方1横指のところで,X線像上,項靱帯の走行に一致して,縦長な石灰化,
骨化陰影として見える.

この病気は一つの独立疾患というよりも,変形性頚椎症に伴ってみられる
事が多く,バルソニー徴候・項靱帯石灰化症とも言われるようです。

何れにしても,このパグちゃんを愛していられる飼い主さんを尊敬します。
この仔の生涯を見守り続けていかれると決心された飼い主さんを心から
尊敬致します。この病気は,完治するという事がなく飼い主さんの辛い気持ちは,
察するに余りあるものがある。

天誅さんが御本人なのか,友人なのか判らない。が,
辛いお気持ち,お察し致します。掲示板に書き込みをすると今後,同じような
書き込み者が増えても困るので,此処に記します。

2004,3,30
どうしても,瞋りが静まらない。

こんな気持ちで質問に応える事が出来るのだろうか。
それでも,応えねばならない。
苦しむ愛犬を前にして,Sarubiaよりも更に苦しい気持ちで居る人がいるのだから。

霙(みぞれ) 2004,3,22
今日は寒かった,
昨夜からどしゃぶりの雨だったのが,今日は大粒の霙まじりの雨になっていた。
隆さんには悪いけれど,犬達とストーブの前で陣取り合戦をしていた。
で,
みんなでストーブの前で,団子状態になってねていた。

Bellの摘み食い 2004,3,18
Bellの自由奔放の原因には,Sarubiaにもある。
みんなにBellのことを話すると,とてもかわいい可愛いと言って下さるものだから,
ついつい写真を写している間に・・・少々叱っても承認済みのようになってしまっている。
どんな様子か・・・。
我が家のほんの一部分だけれど。
Bellの摘み食いを,我が家の一こま(動画)にて更新。

ポロ 永眠す。 2004,3,15
我が家の一こまに記録す。

写真は,03’夏トリミングから帰宅した時の
    麻呂・ポロ

長かった春・希望の春。 2004,3,13
一代目バンブーは,97’4/11生まれ,生後6ヶ月にてレッグペルテス発見。
レッグペルテス治療後に里子に出る。半年で飼い主の事情にて再び我が家の一員となる。
写真上側は98’4/11丁度1歳の誕生日。里子に出る3日前に撮影。
6ヵ月後に帰って来た時は全身の皮膚が露に見えるほどの皮膚疾患になっている。
診察結果は,脂漏性皮膚炎と判明。

主治医には元の状態の美しい体に戻る事は不可能だろうと言われ続けながらも
脂漏性皮膚炎と闘った6年。何度も諦めようとする心と,バンブーのあの美しい姿を
取り戻したいという心と闘いながら過ごした6年。

諦めなくて良かった。
免疫抑制剤は欠かす事が出来ないけれど,どうしても回復させる事が出来なかった
5百円玉大の背中部分。どうしても消す事の出来なかった痒み。
ちっとも生えて来なかった胸の飾り毛。
それが今では,痒みも全くなし。背中の部分も綺麗に皮毛が生えて。
胸の飾り毛もこんなにフサフサ風にたなびくような。。。

これで薬の服用を減らす事が出来れば・・・・。
しかし,慌てないで行こう。
折角ここまでこれたのだ。
ゆっくり・ゆっくり行こう。。。。

1年の締めくくり 2004,3,12
今日は確定申告の書類を提出して来ました。
これでやっと,Sarubiaの1年が終りました。と同時に,
来年の確定深刻に向けて,帳簿付けが始まります。
隆さんが仕事を独立してから16年。
毎年この繰り返しの毎日です。

今日は税務署に出かけた帰りに,ジャスコ○○店に寄り道をしました。
Sarubiaの地域よらも数倍の規模があります。
一通りグル〜〜っと廻って歩いていると,
ふと,懐かしい動揺がオルガンの音色と共に聞こえてきます。
少し歩いていくと,75歳〜80歳ぐらいと想われるような年輩の御夫婦。
奥様は車椅子で,御主人がとても軽やかな指使いで,オルガンを奏でていらっしゃいました。
Sarubiaも暫し音色に惹かれて,奥様の横で音楽を聞かせて頂きました。

本当に,心が軽くなるような御夫婦の姿と音楽の音色でした。

ストレス 2004,3,10
: 自分の心を閉じ込めてこうあらねば叱咤激励するだけでは心の病気になっちゃいますもの
:

1人の友人がSarubiaにこのような一言を話してくださった事がある。
言われてみれば,その通りだなあ〜〜と想う。
叱咤激励はしないけれど,,,,何時も自分に対して「〜〜であらねば」
このような気持ちに陥る事が多々ある。
ある意味では,これも一つのストレスなのだろうなぁ〜〜〜と,想う。
今迄ストレスって漠然としか想った事がなかったけれど,一寸考えてみようかな?

自分なりにまとめる事が出来たら「徒然犬談義」に更新してみよう。
きっと,人間も犬もストレスという事に於いては,同じと想うから。

吹雪 2004,3,8
昨日は久し振りにお休みになった隆さんと一緒に出かけると,,,。

あらぁ〜〜〜♪
すごい雪になった来ました。
窓を開けて外を見るのが大好きなバンブーなのですが,

顔にあっという間もないほどに雪が降りかかってきます。
これにはバンブーも堪らないらしくて,直ぐにしょげてしまいます。

現場検証! 2004,3,6
Bellの知恵には,本当に感心しますよ!
ふと気が付くと,転がっている食べ物の空!
Bellでも届かないだろうと置いた場所だと,つい油断してしまう。
で,こんな空箱が転がっているなんて事,度々あるのよね。
で,今回は現場検証をしてみました。
それは,Sarubiaの一こまで更新しますね。

食べ物が関係すると,とことこん努力を怠らないの!
ゲットするまで,とことんね。
母さんに隙が出来るまで諦めないのよ。

Bell曰く!
  何事も諦めない心が,希望を敵えるのよ!

Sarubia曰く!
  努力と諦めない心の使う場所が違うでしょ〜〜〜!!!
    全く!!

育てる真心 2004,3,3
Sarubia様

こちらは東海教区仏青連盟(浄土真宗やっとかめ通信)です。


> 私の事故に関しては,追越際に接触したり,,またいきなりぶつかったという感触を受けて
> 相手は逃げていったりという状況で,最近は自分が安全運転を心がけて
> 走行していましたので,自分に大きな過失があったとは想えないのですが,

Sarubia様に過失があったのかどうか、私には分りません。
おそらく仰る通り、相手の過失がほとんどなのでしょう。

しかし、Sarubia様には今後も安全運転を心がけて頂きたいのです。
過失が無くても事故にあったのだから、今後も同じではないか、
と思って、運転に集中できないと、また事故を起こしてしまいますので、
そのことを懸念するのです。

私たちは、身体も心がけも環境も、みな先祖から引き継いだものですから、
先のメールで、<「御先祖様の徳」は、自分の身の上にあるんです>
と述べさせていただきました。
大切な宝を背負って、今私たちが生かされているので、
それを一人一人が活かしていくのです。

> 自分がその想いに至った時,相手に対して一言も言えなくなってしまうのです。
> どのように自分が誤解されて,辛く苦しい想いで涙が止まらなくとも
> 一言も返す事が出来なくなってしまうのです。
>
> でも,このように想う事事態が,自分の心の驕りなのではないのか。
> このように自問自答を繰り返してしまうのです。
>
> 私は一体,どのような心に在る事で「仏性」を得る事が出来るのでしょうか。

「地獄・極楽の分かれ目と麻原が救われる可能性」
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/04_02_18.html
に、地獄の有様について少し紹介させていただきましたが、
「黒縄地獄」のように、身を活かすはずのつながりが、
身に絡まり、身を焼け切る縄となって襲い掛かります。

「モラルのない最低の人間」であると誤解を受けて、
それを書かれてしまった心境は察するに余りありますが、
自身のまごころ(仏性)を大切に思ったら、
まずは不当な意見を批判する言葉をどこかで叫んでみる。
そうした自分に対する優しさを優先させてください。

これは相手には直接言えないのでしょうが、
誤解は誤解で、まごころが通じなかった悔しさは、
やはり「悔しい」と正直に自分の中で受け止めてあげて下さい。
自分が自分に優しくしなければ、誰も優しくしてくれません。
如来も浄土も、自分の真っ只中ではたらいているんですよ。
他人とは、互いに助けあうことはありますが、
最後は自分を信じてあげなければ、
誰が自分を信じ切ることができるでしょう。

自分のまごころは、自分の中にありながら、開発することが難しいのです。
今回のSarubia様のように、誤解を受けて、それを自分のせいだけにすると、
仏性がまっすぐに伸びていきません。

自分に優しく。自分のまごころに優しく。
「私にはわかっているよ。相手が誤解したんだ。
書き方が悪いのか、受け取り方が悪いのかわからないけど、
私のまごころは、通じなかっただけで、まごころが無かったわけじゃない。
伝え方が下手だっただけだよ」
というように、
自分の子どもを育てるように、まごころを育ててあげてください。

> その方の余りにも耐え難い言葉に大して私はこのように考えました。これが正論だと想いました。
> しかし,そうではなかったのです。それは自分の言い訳にしか過ぎなかったのです。
> きっと,その時に自分どのような言い分があったとしても,相手の怒る言葉に対して
> 謝罪する心を持つことが出来ていれば,その後の人との人間関係に亀裂が生じる事なんてなかった筈です。
> 私は今後付き合う必要の無い方であれば,自分の巻いた種として,静かに其の方から
> 去っていけば済む事ですが,自分の大切な家族の命を任せるには,その方以外に考えられない。
> そう想った時,相手の言葉が自分に対して,どのような不当な言葉であっても,
> 大きな誤解であったとしても,その言葉を静かに受け入れて,相手の心に自分の心を合わせて
> まずは,相手の心が安らぐ事が出来るように努力をしなければ
> ならないのではないかと想いました。

「謝罪する心を持つ」ということですが、
五濁悪世に生きる私たちは、どのような心を持っていても、
亀裂を生じる環境に生きているのです。
これは人間の歴史的な業の深さによるものなのですが、
同時にこの業の深さが覚りを求める心の土壌でもあります。

つまり、自分で治していける業と、とても治せない業があって、
深く深く見つめていくと、根本的に治すことができない闇につきあたります。
地獄も、深くなればなるほど、治すことが困難であることが書かれてありますが、
これは、人間社会を深く見つめてはじめて見える世界です。
つまり、Sarubia様が体験していることは、地獄のありさまなのです。
もともと身心や社会にあった地獄が、縁が生じて表に出てきたのです。
人間社会が根本にかかえている地獄が、少しづつ明らかになったのです。

しかし、これは絶望ではありません。
無限の闇に出会って、人間の奥底にある闇が明らかになると、
そこから人間の同朋としての悲しみが生じてきます。
「互いに地獄を背負いながら、よくぞ今日まで頑張ってきたな」
「こんな根性で、よくも今日まで生きてこられたものだ」
という、互いを称える視点が生まれてきます。
一切衆生の業の交わりと、
業に寄り添って、なおも自他を称える心が見えてきます。
これが仏性であり、まごころの叫びなのです。
『大無量寿経』ではこの「仏性」をそのまま「仏」と表現し、
親鸞聖人は、信心が仏そのものであることを述べてみえるのです。

「こう解釈すれば納得できるか」、「こういう心境になれば苦しみがなくなるか」
などということは、結局は迷いであり、これを自力といいます。
どう解釈しても納得できない。どんな心境になっても苦しみが去らない。
これが現実社会の有様ではないでしょうか。
この苦を背負って皆が生きている、
どうにも納得できない現実を生きている、
人間は、こんな重たい荷物を背負って、孤独のうちに毎日生きているのです。

「お互い、大変だね」と、思わず声をかけたくなる、
これが念仏です。


合掌